Jul 12, 2009
インターネットはwebデザイナー
インターネットは、webデザイナーのおかげでよく回っているといってもいいですよね。やはり、サイトのデザインや構成に応じて、インターネットの使いやすさというのは、天と地くらいの差があることなので、webデザイナーの存在は非常に大きくなります。インターネット利用者にwebデザイナーは神ですね。Web制作から、サイト構成やページデザインに気を持って簡単ですが、何よりも重点を置かなければならないのは、ページのビューです。どんなに内容の濃いサイトでページを表示辛いと飽きイオプニダ。透明度に重点を置いたWeb制作には必要な情報をスクロールせずに見えるようにすることです。しかし、情報量が多くなると、多少スクロールする必要がありますこの場合は、スクロール前の画面で確実にポイントをまとめた情報を表示する必要があります。
11月23日(水・祝)東京・ディファ有明にて「FIGHTING NETWORK ZST ZST.30?旗揚げ9周年大会?」が行われ、初代フェザー級王者決定トーナメント決勝戦で奥出雅之(ゴールドジムサウス東京)が倉岡幸平(蒼天塾)に一本勝ちし、同王座に就いた。
【フォト】この大会の模様
準決勝では伊藤健一との5度目の対戦(タッグマッチを含む)を判定勝利で制した奥出。一方の倉岡は優勝候補と目されていて清水俊一を下しての決勝進出となった。奥出にはアマチュア時代から苦楽を共にしてきた所英男がセコンドに就く。
1R、お互いサウスポーの両者。奥出はいきなり胴廻し回転蹴りを見せるなど、タックルから倉岡に組み付いて寝技に引き込むが、倉岡はそれに付き合わない。奥出は倉岡がバックを取りに来たところで、体を回転させて上のポジションを取り、そこからフロントチョークを狙うが、倉岡もすぐに立ち上がる。倉岡は左ロー、左ストレートと右フック。奥出はタックルから組み付いて、自分から寝技に引き込みながら三角絞め、足関節を狙うが極まらない。
2R、相手に背中を見せるように変則的な構えを見せる奥出。倉岡はそこに左ローを蹴っていく。奥出は構えを戻して左ストレートで前に出る。組みの攻防になると奥出は寝技に引き込んで三角絞めと腕十字を狙うが、倉岡は頭を上げて立ち上がる。試合がスタンドに戻るとヒザ蹴りで攻める倉岡。奥出はそのヒザ蹴りをキャッチしてテイクダウンを奪うと、ハーフガードからアームロックを仕掛け、倉岡の頭をまたぐようにして腕十字! これがガッチリと入り、倉岡がタップ! 奥出が一本勝ちで初代フェザー級王者となった。
試合後、マイクを持った奥出は「僕は小さい頃から人にやられやすい性格だったんですが、ZSTに出るようになって、負けたくないという気持ちを持って、一番を目指してやってきました。今日だけは自分に通信簿の5を上げたいと思います」とベルトを巻いた喜びをファンにアピール。さらに「そして僕にも守りたい人が出来て、先日、結婚しました!」と突然の結婚報告! すると入籍したばかりの奥出の妻もリングに上がり、奥出は「これから妻と共に頑張ろうと思います。来年はZST10周年ですが、見に来て良かったと思うような試合をしますので応援よろしくお願いします!」と笑顔で語った。 試合結果の詳細は以下の通り。
ZST事務局
「FIGHTING NETWORK ZST
ZST.30?旗揚げ9周年大会?」
2011年11月23日(水・祝)東京・ディファ有明
開場15:00 本戦開始17:00
<主な試合結果>
▼メインイベント(第15試合)初代フェザー級王者決定トーナメント決勝戦 5分2R延長3分1R
○奥出雅之(ゴールドジムサウス東京)
一本 2R3分32秒 ※腕ひしぎ十字固め
●倉岡幸平(蒼天塾)
▼セミファイナル(第14試合)第3代ウェルター級王者決定トーナメント決勝戦 5分2R延長3分1R
○山田哲也(しんわトータルコンバット)
一本 1R1分14秒 ※膝十字固め
●伊藤博之(ALLIANCE)
▼第6試合 初代フェザー級王者決定トーナメント準決勝 5分2R
○倉岡幸平(蒼天塾)
判定
●清水俊一(総合格闘技宇留野道場)
▼第5試合 初代フェザー級王者決定トーナメント準決勝 5分2R
○奥出雅之(ゴールドジムサウス東京)
判定
●伊藤健一(ALLIANCE)
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ZST特集
日本ハムからドラフト1位指名を受けた東海大の菅野智之投手(22)は21日、神奈川県平塚市内の同大野球部合宿所で会見を行い、日本ハム入団を拒否し、1年間浪人することを表明した。今後は東海大の施設などで練習し、来秋ドラフトで伯父の原辰徳監督(53)率いる憧れの巨人入りを目指す。
ドラフト1位指名を拒否した選手
菅野は会見で「ある意味、自由が利く1年」と海外で武者修行を行う構想も披露。海外での浪人は、過去に巨人入りの夢がかなわなかった江川卓や元木大介が歩んだ道だ。
江川は法大4年だった1977年ドラフトで、クラウンライターから1位指名を受けたが入団拒否。大学卒業後は作新学院職員として南カリフォルニア大の野球部で打撃投手など練習の手伝いをしていた。この間、実戦登板はアラスカのサマーリーグだけ。翌78年ドラフトでは阪神が江川の交渉権を獲得。79年1月に小林繁との交換トレードで巨人に移籍した。1年目のオフに行われた伊東キャンプでは、当時の長嶋茂雄監督が徹底的に江川を鍛え上げ「いくらキャンプで絞り込んでも、元に戻るには3年はかかった」と浪人生活のツケを指摘した。
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