Dec 12, 2010
コスプレ大会を開催しています。
我が家の近くに漫画を好きにはたまらない施設があります。それはまた楽しいゴトイプニダガ施設になってからは家の近くにコスプレをした人が多く出没するようになりました。最初は楽しんでいたが、最近はそうも言ってすることはできません。なぜか、それは月に一度のコスプレ大会が開催されるようになったからです。開催日には100人以上がコスプレをしてきます。その異様なというと、また凄いことです。どれもそこそこは大事ですね。弟はとても優しい子です。これで、年を取ってもいいおじさんがいる。私はいくつかされても、弟に過ぎない。弟のおかげでお土産にタバコを送った。私の実家に帰省するとそれは言うことを聞いてくれる。数十年が経っても性格は変わらない。弟にありがとうのギフトは何を与えても、"必要ない"と受け入れてくれない。妹好きなもの、それはタバコ。
東日本大震災で肉親らを亡くした遺族に遺体を引き渡す警察関係者が、遺族への心理的支援「グリーフケア」を取り入れる動きが出ている。過去の大惨事の中で、肉親を失ったストレスが長期にわたって遺族を苦しめた反省に立った取り組みだ。【林哲平】
◇安易に声かけせず、そっと寄り添う…遺体引き渡す警察官
宮城県石巻市の遺体安置所。京都府警警務課の巽(たつみ)英人警部補(43)は、ひつぎのそばに立ちつくす男性を静かに見守っていた。もう15分になるだろうか。
巽さんより5歳ほど年上の男性は、津波で母と妻を失った。ひつぎの中には数珠などが置かれた遺体袋が一つ。巽さんが袋を少し開けると捜し続けた顔がそこにあった。「ありがとうございます」。男性は短く言って頭を下げた。
妻の着ていた冷たい服を手に、顔を見つめる男性のかけた眼鏡があふれる涙でくもり始めていく。そばに立つ巽さんは、のどまで出かかる慰めの言葉をのみ込んだ。訓練で学んだ言葉が頭に浮かぶ。「安易な声かけに傷つく人もいる。遺族のペースを最優先に。あくまで寄り添うことが大切だ」。発見された場所や状況、死因。遺族の疑問に正確に、分かりやすく答える。犠牲者の最期を知り、尊厳を持って見送ることは、遺族のケアの第一歩になるからだ。
「グリーフ」とは英語で「悲嘆」を意味する。配偶者、親、友人など大切な人を亡くすと、喪失感や自責の念、怒りやうつ状態などさまざまな精神的、身体的な症状が表れる。そうした大きな悲嘆に襲われている人に対する第三者によるサポートがグリーフケアだ。
京都府警では今年1月17日、全国初のグリーフケアを取り入れた検視・引き渡し訓練を実施した。動揺する遺族役に警察官が対応するシミュレーション。前年までは引き渡し時の書類手続きなどに重点が置かれていた。担当者が医療関係者と話し合い「遺族の存在を考えた内容にしたい」と発案した。
講師を務めたのは阪神大震災などの遺族ケアに当たってきた医療関係者の団体「日本DMORT研究会」(神戸市)の村上典子医師(神戸赤十字病院)。村上さんによると、これまでの災害では、行政や警察の説明が不十分だったり事務的だったりしたために、遺族の心に長期的な負担が残るケースがあったという。村上さんは「最初に接する警察が意識を持つことは長期のケアに役立つ」と話す。
◇見守り数年必要
国立精神・神経医療研究センターの金吉晴・成人精神保健研究部長は、遺族の心が安定するためには住宅や仕事など日常生活を取り戻すことが欠かせず、数年にわたる見守りが必要だと指摘する。
もう一つ村上さんがアドバイスしたのは、支援する警察官自身にかかるストレスへの配慮だ。震災直後の3月14日、初めて入った被災地で、巽さんは停電の中、日没まで無数の遺体と向き合い続けた。「自分の中にショックをため込まない」と決め、宿舎に戻ると意識的に同僚とその日に経験したことを話すようにしたという。
東日本大震災で、これまでに遺体が遺族などに引き渡されたのは、岩手・宮城・福島の3県で1万2348人(15日現在)。石巻市の安置所で父親(73)の遺体を見つけた佐藤政晴さん(48)は「付き添いの警察官が本当に悔しそうな表情をしてくれていたのがありがたかった」と目を潤ませた。
国立精神・神経医療研究センターのホームページでは、遺族と接する担当者に向けたマニュアルなどを公開している。URLはhttp://www.ncnp.go.jp/mental_info/index.html
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東日本大震災では多くの障害者施設が設備や仕事を失い、苦境に立たされている。岩手県田野畑村の授産施設「ハックの家」(竹下美恵子理事長)は津波でイカ加工工場が全壊し、収入の大半を断たれた。再開のめどは立たず、職員らは経験のない農業に活路を見いだすことにした。そのきっかけは震災後、作業場に受け入れた中国人避難者が作った漬物の味だった。【関雄輔】
◇避難の中国人がレシピ
施設には主に知的障害のある10〜70代の25人が通い、織物製品や菓子、加工食品などを作っている。震災後、竹下理事長の発案で避難所での集団生活が難しい障害者や外国人ら25人を海から離れた作業場に受け入れた。
その中に勤務先の寮が流された張静霞(ちょう・せいか)さん(33)ら中国人女性6人がいた。言葉はほとんど通じなかったが、次第に一体感が強まり、避難者も料理を振る舞うようになった。張さんらが作ったのが刻んだキュウリをニンニクやネギ、唐辛子などと混ぜた浅漬けで、「ご飯に合う」「初めての味」と大好評だった。
失った水産加工場から年約1000万円の収入を得ていた。施設の存続が危ぶまれたが、竹下理事長が「漬物を野菜から作って売り出そう」と職員や通所者に声を掛けた。3月末、張さんらはレシピを書き残し再び日本に来ることを約束して帰国した。
その後、岩手県宮古市の農家から約10アールの畑を借りることが決まった。5月中に種まきなどを始め、秋にはインターネットなどを通じて発売する予定だ。張さんらのレシピを基に試作品の改良を重ねている。通所者で数年前から水産加工場で就労訓練していた金子忠次さん(56)は「働いていないと落ち着かない。協力して頑張りたい」と意気込む。
竹下理事長は「地震でたくさんのものを失ったが、新たな出会いや人の助けがあって再び歩き出せた。漬物が田野畑村の名物になるよう、気合を入れて前に進みたい」と笑顔を見せた。
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